
新訳風土記集 其ノ伍 唐櫃由来譚 六
- oil on canvas, acrylic paint,530×410mm
”新訳風土記集 其ノ伍 唐櫃由来譚 六”
- キャンバスに油彩、アクリル
2022
個人蔵
Private collection
定期的に掃除をしなければ、浴槽が苔生してしまうだろう。
ましてや、胞子の魔窟である林中に鎮座する浴槽ともなれば、雨が降った翌日にはもう原子体が広がっているのだ。
だから、おちおち眠っていられるわけもなく、私が責任を持って毎日欠かさず掃除をするのだ。
それが私に与えられた名誉ある仕事なのだ。
私は私の仕事に誇りを持っている。
ーーーー間。ーーーー
いつ、誰が始めたのか、一体誰から任命されているのか、今となっては誰も知らないこの重大極まる仕事は、私の曽祖母から祖母へ、祖母から私へと順当に引き継がれた。
私の母は村から出て行った。
引き継ぎの時期の少し前に、私を置いて一人でどこかへ消えた。
こんなにもやりがいのある責務をどうして放棄したのか、私には到底理解出来ない。
仕事中には綺麗な着物を着ることが許されるし(祖母から聞いたここだけの話だが、私だけが着ることを許された着物は、地主の娘、私よりも歳がひとつ上のあの性根の腐った娘の為に用意されている、贅の限りを尽くした嫁入り支度の着物と同等か、またはそれ以上の価値があるという。真偽の程は定かではないが、それを知った時には、人目を憚らず思わず大笑いした。胸の空く思いがした。)、それから、村の人から感謝されるのは気分が良いものだ。
良いことばかり。
私は、何も間違っていない。
ーーーー間。ーーーー
近頃、掃除中に目を離すとすぐさま許可なく入浴する輩がいて、それらの駆除には大変苦心している。
これがなかなか、すばしこいのだ。
捕えて、何処から来たか問うても答える気は無さそうな素振りを見せるので、一通りの事をしてから川に沈めている。
私より前の代ではこんな事は起こらなかったと祖母は言う。
だから不吉だ、とも。
報告する度に何かの前兆だと聞かされるのにはうんざりして、最近は”出た”とは言わないでいる。